長野久義広島移籍で背番号は⁉︎成績・年俸と嫁下平さやかと離婚危機

読売ジャイアンツの一員としてチームをひ引っ張ってきた長野久義選手。

3回目のドラフト会議においてプロの扉を開き、数々の記録や感動を残しファンを沸かせてくれたベテラン選手。

そんな長野久義選手が、FAにより広島東洋カープから移籍してきた丸佳浩選手の人的補償で広島移籍することが発表されました。

多くのファンから移籍を惜しむ声が上がり驚きを隠せないファンがたくさんいました。

今回は、2019年シーズンから広島でプレーする長野久義選手についてみていきたいと思います。

広島移籍背番号は何番をつけてプレーするのかなど、入団から2018年シーズンまでの成績年俸も一緒にみていきましょう。

また、嫁下平さやかさんとの離婚危機の真相についても迫っていきたいと思います。

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長野久義プロフィール

長野久義(ちょうの ひさよし)

  • 【生年月日】1984年12月6日(34歳)
  • 【出身】佐賀県三養基郡基山町
  • 【身長/体重】180cm/85kg
  • 【投打】右投右打
  • 【ポジション】外野手
  • 【ドラフト】2009年ドラフト1位

【タイトル】

  • 首位打者(1回:2011)
  • 最多安打(1回:2012)

【表彰】

  • 新人王(2010)
  • ベストナイン(3回:2011~2013)
  • ゴールデングラブ賞(3回:2011~2013)
  • 日本シリーズ優秀選手賞(1回:2012)

【経歴】

  • 筑陽学園高等学校
  • 日本大学
  • Honda
  • 読売ジャイアンツ(2010~2018)
  • 広島東洋カープ(2019~)

佐賀県基山町立基山小学校1年生の時に少年野球チーム「基山バッファローズ」に入部し、長野久義選手の野球人生がスタートしました。

中学時代には硬式野球チーム「筑紫野ドリームズ」に入部し、高校は筑陽学園高等学校に一般入試で進学。

高校卒業時にはプロからの誘いもあった長野久義選手ですが、日本大学生産工学部マネジメント工学科へ進学。

大学2年までサードを守っていた長野久義選手ですが、打撃を生かすために3年生の時にセンターに転向した長野久義選手。

4年生になると急成長をみせ2季連続となる首位打者を獲得しベストナインに選出されました。

長野久義選手はプロから注目を浴びるようになり、その年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから4巡目で指名を受けた長野久義選手。

しかし、読売ジャイアンツへの入団を希望していた長野久義選手は入団を拒否し、本田技研工業へ入社しHonda硬式野球部へ入部。

第62回JABA東京スポニチ大会でデビューを果たした長野久義選手は、チームのベスト4に貢献し新人賞にも輝きました。

2008年ドラフト会議では千葉ロッテマリーンズが2巡目で強行指名。

しかし、入団拒否を明かしHondaに残留が決定し2009年のドラフト会議を待つことになりました。

翌年2009年ドラフト会議では読売ジャイアンツが1位指名する方針を明かしました。

10月29日のドラフト会議では公表通り単独1位で指名を受け3回目の指名でプロへの道を開きました。

プロ1年目となった2010年は、スタメン出場の機会を獲得し打率.288・本塁打19本を放ち新人王を獲得。

2年目となった2011年は自身初となる開幕スタメン出場を果たし活躍した長野久義選手は首位打者を獲得。

また、打率.316・17本塁打という成績を残しベストナイン・ゴールデングラブ賞を受賞。

2012年には2年連続となるベストナイン・ゴールデングラブ賞を獲得し、坂本勇人選手と並んでセ・リーグ最多安打のタイトルを獲得しました。

2013年には、第3回WBC日本代表に選ばれるなど活躍の場を広げた長野久義選手。

2013年シーズンでは、前半戦の不振もあったものの3年連続となるベストナイン・ゴールデングラブ賞を獲得。

2014年・2015年シーズンは怪我や手術で思うような結果を残せず自己ワーストの数字でシーズンを終えることになりました。

2016年には村田修一選手の代わりに選手会長を務めチームを引っ張った長野久義選手。

2017年・2018年シーズンは序盤から不振に苦しみスタメンを外される機会が多くなってしまいました。

しかし、2018年のシーズン終盤にはチームの勝利に貢献しCS出場を果たしました。

シーズン終了後には、球団歴代3位となる9年連続100安打を達成しました。

しかし、シーズンオフにFA移籍で巨人に入団が決まった丸佳浩選手の人的補償として、2019年1月に広島東洋カープへの移籍が決定。

ファンからは悲しみの声が上がり、チームもベテランの移籍に動揺を隠せていません。

しかし、長野久義選手は大人の対応をみせV4を狙う広島東洋カープでの活躍を誓った長野久義選手。

2019年長野久義選手は、V4を狙う赤ヘルの一員として活躍を誓っています。

長野久義広島移籍!背番号は何番に?

広島東洋カープからFAにより巨人に移籍したリーグ3連覇の立役者である丸佳浩選手の人的補償で移籍が決まった長野久義選手。

大型補強をすることなく育成に力を注ぎリーグ3連覇を成し遂げてきたチームに2019年シーズンから加入する長野久義選手。

リーグ4連覇・悲願の日本一達成のためにはベテランである長野久義選手の実績と経験は大きな期待になっています。

そんな長野久義選手の加入により気になるのが「背番号」です。

ジャイアンツでは入団時から背番号「7」をつけ活躍してきました。

しかし、広島東洋カープは現段階で背番号7は堂林翔太選手がつけているため、同じ背番号7は厳しいと考えられます。

そうなると1桁の背番号で空いている番号は「5」か「9」の2つになります。

背番号5は楽天に移籍した栗原健太選手が身につけ、移籍後は助っ人選手が身につけていた背番号になります。

背番号9は現広島東洋カープ・緒方孝市監督が現役時代につけていた背番号であり、丸佳浩選手もつけていた背番号になります。

2桁番号も選択肢にはありますが、しっくりくるのは1桁番号ではないでしょうか。

果たして広島東洋カープに移籍となった長野久義選手は何番の背番号をつけるのか楽しみです。

長野久義 成績と年俸

2019年シーズンから広島東洋カープでプレーする長野久義選手の入団から2018年シーズンまでの成績と年俸についてみていきたいと思います。

成績は「打率・打数・安打数・打点・本塁打」の順で記載させていただきます。

2010年(1年目)

〈成績〉打率.288、430打数124安打52打点19本塁打

〈年俸〉1500万円

2011年(2年目)

〈成績〉打率.316、519打数164安打69打点17本塁打

〈年俸〉3500万円

2012年(3年目)

〈成績〉打率.301、574打数173安打60打点14本塁打

〈年俸〉9500万円

2013年(4年目)

〈成績〉打率.281、590打数166安打65打点19本塁打

〈年俸〉1億6000万円

2014年(5年目)

〈成績〉打率.297、472打数140安打62打点13本塁打

〈年俸〉1億8000万円

2015年(6年目)

〈成績〉打率.251、434打数109安打52打点15本塁打

〈年俸〉2億円

2016年(7年目)

〈成績〉打率.283、576打数163安打42打点11本塁打

〈年俸〉1億7500万円

2017年(8年目)

〈成績〉打率.261、463打数121安打46打点16本塁打

〈年俸〉2億2500万円

2018年(9年目)

〈成績〉打率.290、383打数111安打52打点13本塁打

〈年俸〉1億9000万円

以上が、入団した2010年から2018年シーズンまでの長野久義選手の成績と年俸になります。

2019年シーズンでプロ10年目を迎える長野久義選手は、新天地でどのような成績を残してくれるのか楽しみです。

長野久義 嫁・下平さやかと離婚危機⁉︎

最後に長野久義選手の嫁である下平さやかさんについてみていきたいと思います。

離婚危機という噂もある現在の2人についてみていきましょう。

2019年シーズンから広島東洋カープでプレーする長野久義選手の嫁・下平さやかさんはテレビ朝日のアナウンサーとして活躍しています。

長野久義選手と下平さやかさんの馴れ初めは共通の知り合いの結婚式で出会い、意気投合して付き合ったとされています。

2015年3月29日に結婚された2人は、12歳も年が離れ姉さん女房を持った長野久義選手。

ラブラブな夫婦生活を送っていると思われた2人ですが、離婚危機という噂が流れました。

この離婚危機の噂の真相をみていくと、下平さやかさんの元カレが関係していることが噂の真相でした。

長野久義選手と結婚する前から、元カレと下平さやかさんとの噂があったことから離婚危機という噂が飛び交ってしまったそうです。

そのため、離婚危機と噂されていた長野久義選手と下平さやかさんですが、現在も仲良く過ごされているそうです。

広島東洋カープに移籍され、また忙しくなる2人ですが今後も仲良く歩んで行ってほしいいですね。

下平さやかプロフィール

下平さやか(しもひら さやか)

  • 【本名】長野さやか
  • 【生年月日】1973年2月12日(45歳)
  • 【出身】東京都新宿区
  • 【職業】テレビ朝日アナウンサー

両親共に放送局に勤めている下平さやかさん一家。

早稲田大学法学部卒業後の1995年に、テレビ朝日に入社しアナウンサーとして活躍。

1996年から2000年まではタモリさんと一緒に「ミュージックステーション」の司会を務めた下平さやかさん。

2015年にプロ野球選手である長野久義選手と結婚され、現在はアナウンス部主任として活躍されています。

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