内海哲也年俸推移と成績は⁉︎人的補償で西武へ移籍⁉︎嫁は歯科助手

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入団15年目を迎え巨人一筋で数々の記録を残してきたエース内海哲也選手。

今では巨人投手陣のリーダーとして後輩を引っ張っているベテラン選手です。

しかし、来シーズンから人的補償により埼玉西武ライオンズへ移籍が決まってしまった内海哲也選手。

今回は10年以上に渡り巨人の投手陣を引っ張ってきた内海哲也選手の経歴や年俸推移成績をみていきましょう。

また、との出会いや子供についてもみていきたいと思います。

 




内海哲也 プロフィール

内海哲也(うつみ てつや)

  • 【生年月日】1982年4月29日(36歳)
  • 【出身】京都府城陽市
  • 【身長/体重】186cm/95kg
  • 【投打】左投左打
  • 【ポジション】ピッチャー
  • 【ドラフト】2003年自由獲得枠
  • 【WBC】2009年金メダル

【タイトル】

  • 最多勝(2回:2011年・2012年)
  • 最多奪三振(1回:2007年)

【表彰】

  • ベストナイン(1回:2012年)
  • 最優秀バッテリー賞(1回:2012年 捕手・阿部慎之助)
  • 日本シリーズMVP(1回:2012年)
  • オールスターゲーム新人賞(1回:2006年)
  • ゴールデンスピリット賞(1回:2016年)

【経歴】

  • 敦賀気比高等学校
  • 東京ガス
  • 読売ジャイアンツ(2004~2018)
  • 埼玉西武ライオンズ(2019~)

 

敦賀気比高等学校時代にはエースとして活躍し注目を浴びた内海哲也選手。

秋季福井大会や北信越大会では圧倒的な強さをみせ「北陸三羽ガラス」の一人でした。

第30回明治神宮野球大会では準優勝に輝き翌年の選抜高等学校野球大会出場が決定。

優勝候補として注目を集めていましたが、メンバーの飲酒運転・無免許運転による事故で甲子園出場を辞退。

高校3年生の夏の予選・決勝では天谷宗一郎選手擁する福井商業高等学校に延長10回の末に敗退。

甲子園出場とはなりませんでした。

プロのスカウトからも「高校生では打てない」と評価され、投げては三振の山を築き「北陸のドクターK」と呼ばれた内海哲也選手。

2000年のドラフト会議では複数球団による1位指名が予想されましたが、祖父が巨人の野手であったことから、巨人以外の指名は受け入れないと表明されました。

しかし、オリックスから1位指名を受け、指名後には仰木彬監督から電話もあったそうです。

しかし、高校時代にバッテリーを組んでいた李景一選手が巨人に指名されたことで巨人入団への思いが強まった内海哲也選手。

内海哲也選手は東京ガスへ入社し、2003年第74回都市対抗野球大会ではシダックスの補強選手として準優勝を飾りました。

その年のドラフト会議では巨人が自由獲得枠で内海哲也選手の交渉権を獲得し入団が決定。

 

2004年には2軍で9勝をあげ、イースタン・リーグ最優秀防御率を獲得し1軍初先発も果たしました。

2005年には初勝利を含む3勝をあげたものの6月以降は勝ち星がつきませんでした。

2006年にはスライダーを習得しチームトップとなる12勝を記録しオールスター・日米野球にも出場。

2007年には開幕投手を務め自己最多となる13勝をあげ、最多奪三振のタイトルを獲得しました。

その後もローテーションの軸とし活躍した内海哲也選手は、2009年にWBC日本代表にも選出されました。

そしてレギュラーシーズンにおいても月間MVPを獲得するなどリーグ3連覇に貢献し、日本一にも輝きました。

2010年には巨人選手会長としてチームを引っ張り開幕5連勝も記録しました。

翌年2011年には18勝をあげ巨人左腕投手としては42年ぶりとなる最多勝を獲得しました。

2012年は2年ぶりとなる開幕投手を務め、斎藤雅樹投手以来となる2年連続で最多勝のタイトルを獲得。

契約更改では年俸4億円で契約を結びました。

 

しかし、2015年にはオープン戦で左前腕部を故障し開幕は2軍で迎えることになります。

1軍に戻るものの調子が上がらず再び登録抹消。

内海哲也選手は1軍定着した2005年以降で最低な成績でシーズンを終えました。

2016年には不振や故障により出遅れたものの最終的に9勝をあげる活躍をみせました。

2017年は登板・登録抹消を繰り返しながらシーズンを過ごし、契約更改では50%ダウンでサインをしました。

2018年には4年ぶりとなる完封勝利をあげ15試合に登板。

しかし、シーズンオフに国内FAにより埼玉西武ライオンズから炭谷銀仁朗選手を獲得。

炭谷銀仁朗選手の人的補償として12月20日に西武へ移籍が発表されました。

巨人のエースが2019年シーズンからパ・リーグのユニフォームを着て新しいスタートを切ります。

 

内海哲也 年俸推移と成績とは⁉︎

巨人のエースとして長年活躍された内海哲也選手の、年俸推移と成績についてみていきたいと思います。

 

2004年

  • 年俸:1500万円
  • 成績:0勝、防御率5.14

2005年

  • 年俸:1500万円
  • 成績:4勝9敗、防御率5.04

2006年

  • 年俸:1800万円
  • 成績:12勝13敗、防御率2.78

2007年 〈最多奪三振

  • 年俸:3600万円
  • 成績:14勝7敗、防御率3.02

2008年

  • 年俸:8400万円
  • 成績:12勝8敗、防御率2.73

2009年

  • 年俸:1億2000万円
  • 成績:9勝11敗、防御率2.96

2010年

  • 年俸:1億4000万円
  • 成績:11勝8敗、防御率4.38

2011年 〈最多勝

  • 年俸:1億2000万円
  • 成績:18勝5敗、防御率1.70

2012年 〈最多勝

  • 年俸:2億2000万円
  • 成績:15勝6敗、防御率1.98

2013年

  • 年俸:4億円
  • 成績:13勝6敗、防御率3.31

2014年

  • 年俸:4億円
  • 成績:7勝9敗、防御率3.17

2015年

  • 年俸:4億円
  • 成績:2勝1敗、防御率5.01

2016年

  • 年俸:4億円
  • 成績:9勝6敗、防御率3.94

2017年

  • 年俸:2億円
  • 成績:2勝7敗、防御率5.77

2018年

  • 年俸:1億円
  • 成績:5勝5敗、防御率4.17

 

以上が、内海哲也選手が入団した2004年から2018年までの年俸推移と成績になります。

ローテーションの柱となってから最多奪三振1回・最多勝2回のタイトルを獲得しリーグ優勝や日本一にも貢献してきました。

来シーズンからパ・リーグでどのような成績を残してくれるのか期待が高まりますね。

 

内海哲也 人的補償で西武へ移籍⁉︎

巨人投手陣のリーダー的存在であった内海哲也選手が、西武からFA移籍となった炭谷銀仁朗選手の人的補償として西武に移籍することが発表されました。

12月20日(木)にチーム内、そして巨人ファンに大きな衝撃が走りました。

通算133勝を誇る左腕の放出に選手たちも動揺。

内海哲也選手とバッテリーを組み「最優秀バッテリー賞」を獲得したこともある阿部慎之助選手もその一人です。

阿部慎之助選手はジャイアンツ球場で自主トレを行った後に口を開き

「それだけ厳しい世界なんだと改めて感じました」

とコメントを残されました。

内海哲也選手からは直接連絡があったそうです。

 

来シーズンから捕手復帰を発表している阿部慎之助選手は

「最後にバッテリー組めなくて残念だったな」

と話すと寂しそに「頑張ってきます」と言葉を残されたそうです。

他の選手たちも内海哲也選手の移籍に肩を落とし感謝の言葉を残しました。

自主トレを応援しにジャイアンツ球場に駆けつけたファンの中には涙を流すファンの姿もありました。

巨人のエースとして活躍された内海哲也選手の移籍は大きな衝撃となりました。

 

内海哲也 嫁は歯科助手

最後に内海哲也選手の嫁・聡子さんについて出会いや子供についてみていきたいと思います。

内海哲也選手は歯科助手の横井聡子さんとご結婚されました。

2006年7月頃に共通の知り合いを通して知り合った2人。

内海哲也選手が聡子さんの事をかわいいと思いアタックを仕掛けたそうです。

内海哲也選手は球場の駐車場の車内で告白し聡子さんからOKをもらったそうです。

その後2人は愛を育み、交際開始7か月後には聡子さんが妊娠していることが判明。

妊娠が判明してから内海哲也選手は聡子さんに結婚をもちかけました。

 

2人は交際10カ月というスピード婚でゴールイン。スピード婚での結婚でしたが、

旺太くん・爽太くん・瑛太くん・琴菜ちゃん

の4人兄弟に恵まれて幸せいっぱいに暮らされています。

男の子が3人いることもあり将来は内海哲也選手と同じプロ野球選手になるかもしれませんね。

 

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